宮澤エマの家族(父・母)は?学歴や経歴も紹介!

エンターテイメント

ミューカルやTVドラマで活躍中の女優、宮澤エマさん。

宮澤エマさんの家族は、エリート家系として有名なんです。

宮澤エマさんの家族(父・母)が気になりますよね!

宮澤エマさんの学歴や経歴もご紹介します!

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宮澤エマのプロフィール

まずは、宮澤エマさんのプロフィールをご紹介します。

本名:ラフルアー宮澤エマ(旧芸名)

生年月日:1988年11月23日

年齢:32歳(2021年2月時点)

出身地:東京都文京区

血液型:O型

身長:156cm

活動内容:女優

事務所:プロダクション尾木

家族:宮澤喜一(母方の祖父・第78代内閣総理大臣)、クリストファー・ラフルアー(父・元米国外交官)

宮澤エマの家族

宮澤エマさんの家族をご紹介します。

宮澤エマさんの実家は東京都文京区です。

 

宮澤エマさんの家族は、まさに華麗なる一族!

母方の祖父は第78代内閣総理大臣宮澤喜一さん、父親はアメリカ人で元米国外交官のクリストファー・ラフルアーさん。

また母親は宮澤喜一さんの長女でジュエリーの輸入・通販ビジネスを行う会社の代表取締役、ラフルアー宮沢啓子さん。

姉もニューヨークで起業しているビジネスウーマンです。

キラキラしすぎて眩しすぎます…!!

宮澤エマの祖父

内閣総理大臣だった祖父、宮澤喜一さん。

宮澤エマさんは、いつも“グラン・ダッド”と呼んでいて、優しいおじいちゃんだったそうです。

宮澤エマさんが誕生日に「たまごっち」をねだると、なんと、おもちゃ屋さんに一緒に並んでくれたそうですよ。

 

また、夜ご飯を一緒に食べていると、祖父と父親は英語で政治の話で盛り上がっている中、宮澤エマさんは注意をひこうとして、空想のお話を始めました。

他のみんなはうんざりしていても、祖父はいつも最後まで聞いてくれていたそうです。

宮澤エマさんが芸能界に入りたいと宣言したときも、「エマちゃんは歌手になりたいんでしょ」と言って反対せず、応援してくれたとのこと。

宮澤エマさんにとって、本当に優しいおじいちゃんだったんですね。

宮澤エマの姉

宮澤エマさんには、5歳年上ラフルアー宮澤沙羅さんという姉がいます。

写真、右がラフルアー宮澤沙羅さん。

宮澤エマさんと似ていて、とっても美人です!

 

生まれはフランスのパリで、大学はなんとハーバード大学を卒業!

その後、ベイン&カンパニーなどに勤務。

2013年、ビジネルウーマンのビジネスウエアの悩みを解決したいと、アパレル企業「エムエムラフルアー」をニューヨークで設立しました。

その会社の最高経営責任者(CEO)をしています。

キラッキラな経歴すぎます…!

宮澤エマさんにとって、昔から「勉強ができて、とっても優秀なお姉ちゃん」なんでしょうね。

宮澤エマの父親

宮澤エマさんの父親は、クリストファー・J・ラフルアーさんで、元米国外交官です。

オハイオ州オーバリン大学を卒業。

その後、米プリンストン大学のウッドロー・ウイルソン・スクールで公共政策、国際関係論を学びました。

続いて、米国大使館首席駐日公使、マレーシア大使、米国務省東アジア・太平洋地域担当主席次官補、駐マレーシア大使を歴任。

現在は、JPモルガン証券株式会社の副会長を勤め、他にも5社の役員を兼任しているという情報があります。

な、なんと輝かしい経歴でしょう…!

宮澤エマの母親

宮澤エマさんの母は、宮澤喜一元首相の長女、ラフルアー宮澤啓子さんです。

慶応大学法学部卒業後、コロンビア大学でMBAを取得しました。

フランスに留学後、ドイツ・ルフトハンザ航空のCAとして国際線に乗務。

その後、同社広報部に所属しました。

 

続いて、外資系化粧品会社の広報・広告ディレクターに転職。

そして1980年、宮澤エマさんのお父さんと結婚しました。

夫の転勤に伴い、フランス・パリで森英恵氏のプレタポルテ販売会社に勤務したのをはじめ、ファッション業界で働いたそうです。

そして1992年からは、ジュエリーの販売・通販の「クラブサー」の代表取締役をしています。

こ、こちらの経歴もキラッキラしています…!

 

宮澤エマさんが芸能界に入りたいと言ったときは、全く反対をしなかったそうです。

自分で稼いで自立できるなら良いという考えで、「大学行くのをやめて早くやりなさいよ」と薦めたとのこと。

理解のあるお母さんですね!

 

宮澤家には、「それぞれがしっかり自立する」というモットーがあるのではと思われます。

だから、一人ひとりがとっても輝かしい経歴をお持ちなんでしょうね。

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宮澤エマの学歴

宮澤エマさんの学歴をご紹介します。

幼稚園の年少から年長までは、アメリカ人の父親の仕事で、アメリカで暮らしていたそうです。

宮澤エマの小学校

宮澤エマさんの出身小学校は、神奈川県横浜市緑区にある森村学園初等部

偏差値は、54です。

家から学校まで、電車で1時間かけて通学していたそうです。

 

この学校は、多くの芸能人が卒業しています。

歌手のMay J.さんは、宮澤エマさんと初等部の時、同級生だったそうですよ。

 

宮澤エマさんは、小さいころから歌ったり踊ったりすることが大好きで、演劇部に入っていました。

 

ミュージカルも大好きで、よくミュージカル映画を観ていたそうです。

特に『アニー』『サウンド・オブ・ミュージック』やディズニー映画は、親がノイローゼになるかと思うくらい繰り返し観ていたとのこと。

 

小さいころから好きな歌やお芝居が、今の活躍につながっているんですね。

宮澤エマの中学校

宮澤エマさんは、東京都渋谷区にある女子校、聖心インターナショナルスクール中等科に進学しました。

偏差値はありません。

この学校も、多くの芸能人が卒業しています。

タレントの関根麻里さん、NiziUのメンバー横井里茉さんなども卒業しているそうですよ。

 

「バイリンガルになって欲しい」という親の意向で、この学校を選びました。

でも入学時、宮澤エマさんは英語が出来なくなっていたので、すごく不安だったそうです。

 

特に最初の3〜4か月は本当にしんどく、学校に行きたくなかったんだとか。

思春期でプライドがあり、友達がいない環境で、とても辛い時期だったそうです。

 

そんな時、親に無理矢理、アメリカのサマーキャンプに入れられました。

1ヶ月英語漬けの環境でアメリカの子供たちと暮らし、大きな自信になったそうです。

 

学校では、演劇部やバンド活動、合唱に力を入れました。

女子校だったので、男子の目を気にせずに、のびのびと自分を表現していたそうです。

 

さらに、この頃からボイストレーニングを受けています。

 

また、この頃の宮澤エマさんはぽっちゃりしてて、“モテる”感じではなかったそうです。

ぽっちゃりしていても、とっても可愛かったんでしょうね。

宮澤エマの高校

宮澤エマさんは、聖心インターナショナルスクール高等科に進学しました。

偏差値はありません。

高校時代は、合唱部に所属。

ミュージカルなどを上演していたとのこと。

 

同じクラブには、宮本亜門さんの弟さんも入っていました。

その弟さんを通じて、宮澤エマさんの歌を亜門さんに聴いてもらったことがあったそうです。

それが後々、ミュージカルのオーディションに誘ってもらうきっかけになりました。

 

また宮澤エマさんには、勉強のできる優秀な姉がいました。

宮澤エマさんは、意外にも勉強は苦手で嫌いだったとか。

それもあり、「自分だけの芯を持ちたい」という気持ちが強く、自信があった芝居や歌に没頭していたそうですよ。

宮澤エマの大学

実は宮澤エマさん、18歳の時に、一度歌手デビューのお誘いがあったそうです。

でも、他の世界もあるかもしれないと思い、大学に行くことにしました。

 

そしてアメリカのカリフォルニア州にあるオクシデンタル大学に進学。

オバマ前大統領も、コロンビア大学編入前に通っていた大学です。

 

この大学はリベラルアーツカレッジで、実用性・専門性よりも、幅広い知識や教養を身につけることを目的とし、学生への“人間教育”を重視している大学です。

US NEWSのBest Colleges 2010では、リベラルアーツカレッジランキングで33位にランクされました。

 

この大学で、宮澤エマさんは宗教学を専攻しました。

そこで面白い教授との出会いもあり、初めて「勉強が楽しい」と思えたそうです。

その教授は、解答が間違っていても「その考えはおもしろい」と、正解よりも考えることや発想力を認めてくれました。

そして「勉強ができないから嫌い」から、「好きなものを学ぶのは楽しい」に変化したそうですよ。

 

ミュージカルに多数出演している今、「だいたいの作品に宗教が絡んでいるので、学んでおいて良かった」と語っています。

 

大学3年の時にはイギリスのケンブリッジ大学へ1年留学し、そこで転機が訪れます。

留学中は、ビッグバンドのボーカルで歌ったり、音楽に触れる機会が多くありました。

そして、自分を表現する仕事に就きたいと、改めて強く思ったそうです。

 

そして、オクシデンタル大学卒業後の2012年春に芸能界入りを果たします。

「今あきらめて10年後にやればよかったって思うなら、やってみよう!」と思ったそうですよ。

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宮澤エマの経歴

宮澤エマさんの経歴をご紹介します。

 

アメリカ オクシデンタル大学を卒表した後の2012年春に、女優を夢見て芸能界入り。

 

祖父は、元内閣総理大臣の宮澤喜一さんです。

なので、芸能界に入った初めのうちは「孫タレ」枠で、『ネプリーグ』や『笑っていいとも!』、『踊る!さんま御殿!!』などに多数出演。

 

しかし本人としてはモヤモヤしたものがあり、「これだけでは芸能界では生き残れない」と思っていたそうです。

 

そんな時、宮本亜門さんに声をかけられ、ミュージカル『スウィーニー・トッド』のオーディションを受けました。

実は、宮澤エマさんが高校時代入っていた合唱クラブに、宮本亜門さんの弟も所属。

当時、その弟さんを通じて、歌う宮澤エマさんの映像を宮本亜門さんが観たことがあるそうです。

その宮澤エマさんを、宮本亜門さんが偶然テレビで観たことがきっかけで、声をかけました。

 

結果、そのオーディションは不合格。

しかし2013年舞台『メリリー・ウィー・ロール・アロング〜それでも僕らは前へ進む〜』のメアリー役に抜擢

そこから、何度も挫折しながらオーディションを受け続け、少しずつミュージカルの舞台に立てるようになりました。

 

2014年、舞台『シスター・アクト~天使にラブ・ソングを~』、『bare』に出演。

2015年には、舞台『Endless SHOCK』、『ラ・マンチャの男』、『ドッグファイト』に出演しました。

(ちなみに2015年11月、「ラフルアー宮澤エマ」から「宮澤エマ」に改名しています。)

 

このように、年2〜3本のミュージカルに出演するまでに成長。

 

時には、「セレブタレントが歌えるの?」「知名度で抜擢されてるんでしょ?」と陰口を言われることもあったそう。

でも、その悔しさを跳ね返すパワーに変換し、稽古に打ち込みました。

 

舞台ではその後も活躍が続きます。

 

2017年には『紳士のための愛と殺人の手引き』、2018年には『ジキル&ハイド』、2020年には『ウエスト・サイド・ストーリー』『女の一生』、2021年には『WAITRESS ウェイトレス』に出演。

映画では、2019年『記憶にございません!』で映画初出演。

また2020年には、連続テレビ小説『おちょやん』で、朝ドラ初出演。

ヒロインと対立する継母という役で、視聴者からは「憎たらしい!」と高評価です。

2022年の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』で、大河ドラマ初出演も決定!

「一番喜んでくれているのは亡き祖父母ではないかと思います」と語っています。

ターニングポイントを迎えるたびに、自分が求められている期待値を冷静に把握し、努力努力で乗り越えて来たんですね。

お嬢様とは思えないど根性、素晴らしいですね!

 

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